命綱

街に頻繁に出ていると、過去につながった女の子と遭遇することが往々にしてある。私はこの瞬間がとても好き。また、一緒にいるスト師がそうした状況に直面しているのを側で眺めているときもある。これは少しばかり意地悪な話ではあるが、その際につながっている女の子の質の一端が分かったりする。たとえば、こんなキレイで明るい素敵な人とつながっていたのかと感動することもあるし、君は穴があればなんでもいいのかと、軽蔑とまではいかないが、もう少し選定基準や矜持を持ってもいいだろうと思ったりもする。反対に、私も色んなことを言われるし、思われたりしているだろう。「あんなかわいい陽キャみたいな子いかれへんっすわ」「めっちゃオシャレっすよね、ストであんなん滅多に拾われへん」と、褒めてもらえることもあれば「まぁGTならいく、昼ストではわざわざねぇ…」「あれ、見た目とかあんま気にせえへんのですか?」と、遠回しにイジられたりもする。

もちろん、質とは言うものの、すれ違いざまの数分のコミュニケーションと見た目だけではその全貌は分からない。だから一端なのだ。深いところまでつながったあなたにしかあの子の質は分からないし、この子の質も俺にしか分からない。最初から明らかにされてはいない、人ってそういうものでしょう。

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「もう会いたくないから会わない」と、インスタグラムのDMで一言だけ告げてこちらとの関係を一方的に断った女の子とひと月前に街で再会してから再度、関係が始まった。連絡は素っ気なかったが、デートの予定を決めてなんとか会うに至る。昼下がり、テラスから川を望めるカフェには静かな時間が流れている。着席して10分ほど経っても会話がまったく弾まない。それもそうで、俺は彼女がどんな子だったか全く覚えていない。雑談から出てきた情報で相手の輪郭を再形成していく試みは途方もなく、分かったのは職種だけだった。もうどうにもならないので思いきって本音を伝えてみた。

「正直なところな~覚えてへんねん。楽しかった思い出だけは残ってるけど、どういう子やったか、そういうのが出てこん」
「やと思った。なんで誘ったん」
「再会したときに意外にも変わってへんかったから。嫌なら無視するなりすぐどっか行くなり、色々あったやろ」
「う~ん」

結局、この日に会話が盛り上がることはなく、下火のまま終わった。後日、久しぶりにインスタグラムのアカウントを検索すると、以前とは違って鍵が外れていた。気になって見てみると、驚くことに投稿欄には一緒に訪れた場所の写真3枚だけがあり、ストーリーにはテラスの写真に「楽しかった」と添えられていた。

他者に己を明け渡しても、いつも最高の経験ができるわけではない。明け渡したところで、別に敬意を払われることもなく、丁重に扱ってくれるわけでもなく、たとえば「そうなんや」の一言で処理されて何も受け入れてもらえないことだってある。そのとき、ずいぶんと惨めな気分に陥る。その経験が増えれば増えるほど、気持ちを揺れ動かすこと、相手にとろける表情を見せることが不安になっていく。だから、“相手を軽く見ておく”という態度をとる。軽んじている相手になら、何を言われても、どう扱われても惨めな想いをせずに済むというわけだ。言ってみれば命綱を腰につけての他者との交感だ。他者にダイブすることは決してない。

この子もきっとそういう態度で自分と関わっていると思っていた。でも違ったのだろう。関係性はどうであれ、少なからず私を特別に想っていてくれて、かつ私から特別に扱われることに期待を寄せていたのだと思う。当時、何も気付けなかった。